デス・オーバチュア
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「泥棒猫！？」 『彼女』はアンベルを見つけるなり、反射的にそう叫んでいた。 「……ん？」 「あっちゃ〜、厄介な人に見つかっちゃいましたね……」 アンベルは面倒臭そうな顔をしながらも、口元には悪戯っぽい笑みを浮かべている。 「昼間はよくもやってくれたわね……この牝狐がっ！」 全身から怒りと殺気を放ちながらアンベルに歩み寄ってくるのは、淡い金色の髪をした和（極東）風なメイド……月煌妃セレーネの仮初めの姿「月黄泉（ツクヨミ）」だった。 「いやですね〜、そんな昨日（大昔）のことまだ根に持っていたんですか？」 「何が大昔よ！？ まだ一日と経っていないでしょうっ！」 アンベルのふざけた軽口に、月黄泉が激高する。 「あははーっ、時間的にはそうですけど、ちゃんと日付は変わりましたよ〜」 「この薄汚い愛玩人形が……」 月黄泉は、二振りの極東刀がある左腰へと右手を伸ばした。 着物を締める黒い太帯に差されている二振りの極東刀は、聖刀『村雨』と妖刀『村正』である。 二振りの極東刀は聖刀と妖刀の名に相応しく、それぞれ清浄な気と妖しい気を発していた。 「やりますか〜？ 刀二本同士なら結構面白い勝負ができそうですね」 アンベルはいつでも抜刀できるように背中の長刀と後腰の短刀の柄に手を添える。 「人形風情が図に乗るなっ！」 月黄泉が村正を掴んだ瞬間、前髪で覆われていた左目（赤眼）が露わになり、妖しく禍々しい輝きを放った。 「そちらできますか？ ならば……」 ニヤリと笑うと、アンベルは後腰の短刀の柄を強く握り締める。 「滅せよ、魔人形っ！」 抜刀と共に月黄泉は跳躍し、妖気を孕んだ刀身をアンベルへと斬りつけた。 「あはっ、誰が魔人形ですか？」 アンベルは左逆手で持った神銀の短刀で、あっさりとその一太刀を受け止める。 「貴方以外に……誰がいるのよぉっ！」 暫しの拮抗の後、月黄泉は力ずくで刀を押し切った。 いや、違う、アンベルの方が力比べをやめて、体を横に捻って『流した』のである。 受け流された村正が大地に叩きつけられると、刀身に纏わりついていた妖気が爆流のような勢いで解き放たれ、アンベルの横を掠めて森を駆け抜けていった。 より正確に言うなら、駆け抜けるというより、蹂躙という表現が適切だろうか、妖気は大波のように木々を呑み込んで消し去っていく。 「はぇ〜、凄いですね、ただの鋼の刀なのに、全神銀鋼製の白桜と刃を合わせられるなんて……人間って時々凄いモノを創り出しますよね〜」 「人に創られた『物』なのは貴方も同じでしょう、機械人形！」 「ええ、その通りですね」 月黄泉は再度村正を斬りつけるが、またもアンベルの白桜によって華麗に受け流されてしまった。 「少しは周囲の迷惑を気にしたらどうですか？」 流された刀の切っ先から放たれた妖気は、進行上の全てを蹂躙（消去）しながら地平の彼方へ消えていく。 「本当に傍迷惑な刀（力）ですね……」 「貴方が素直に当たれ（斬られれば）ばいいのよ！」 何度も村正を斬りつけるが、全てアンベルの巧みな太刀捌きによって受け流されてしまった。 「それならこれでっ！」 月黄泉は右手の村正でアンベルの銅を払いにいきながら、左逆手で村雨を抜刀しようとする。 「それは駄目ですよ〜！」 「なああっ！？」 アンベルは、跳躍して村正をかわしながら、左足蹴りを村雨の柄頭に叩き込み、抜刀を強制取消（キャンセル）させた。 「二刀でやりたいなら先に言ってくださいよ、こっちは抜刀に手間取るんですから！」 手間取ると言いながら、かなりスムーズに背中から長刀「黒桜」を引き抜く。 「さあ、もういいですよ。そちらも抜いてくださっても……」 アンベルは、右手に長刀を順手、左手に短刀を逆手という、変則的な構えをとった。 「何よ、そのデタラメな構えは……」 対して、月黄泉は右手に村正、左手に村雨をどちらも順手に持って、正眼に構えた。 「あははーっ、わたしは『邪道』ですからね」 「貴方なんか邪道じゃなくて外道……いいえ、ただの下衆（ゲス）よ！」 村正が赤い妖気を、村雨が青い清気（せいき）を鮮烈に放ち出す。 「下衆は非道いですね〜。あ、ところで知っていますか？ 邪道と外道は基本的に同じ意味ですよ」 「ゴチャゴチャ煩い、この婢女（はしため）！」 二振りの刀が同時に振り下ろされ、妖気と清気が絡み合った『一撃』がアンベルに向けて放たれた。 「婢女……下女のことですか？ あははーっ、わたしに仕えて欲しいんですか、奥様？」 アンベルは黒桜を振り下ろして巻き起こした「無数の黒い桜花びら混じりの烈風」を、押し寄せる一撃（妖気と清気）へ叩きつける。 衝突し競り勝ったのは月黄泉の一撃の方だったが、アンベルは烈風と一撃がぶつかり合っている間に空へと逃れていた。 「身中に自ら虫を欲する獅子などいるかっ！」 月黄泉が左右の刀を振ると、空に浮かぶアンベルへ向かって赤い光刃と青い光刃が撃ちだされる。 「わたしは獅子身中の虫ですか？」 アンベルは右手の長刀だけで、二色（二つ）の光刃を容易く打ち落とした。 「う〜ん、魔皇の皇妃様なんですから、虫の一匹や二匹が自ら呑み込むぐらいの度量を見せて欲しいですね〜」 「戯言をぬかすなああっ！」 村正の切っ先から高出力な赤い光が放たれ、アンベルを呑み込もうとする。 「おっと〜」 アンベルはひらりと風に舞い、赤い光を紙一重で回避した。 「避けるなっ！」 今度は村雨の切っ先から、青い光が吐き出される。 「無茶言いますね〜」 アンベルは右手を突きだすと、青い光線を黒桜の刃で反射させるようにして跳ね返した。 「なっ！？」 跳ね返された青い光線によって、月黄泉の足下の大地が吹き飛ばされる。 「舞い散れ、白楼！ 黒楼！」 白と黒、二色の桜花びらがアンベルの周囲で舞い散った。 「光と闇の間に滅せよ！ 絶華！ 桜殺……ざあああんっ！？」 いきなり天から降臨した白く輝く何かがアンベルを叩き落とす。 「痛ぅ〜、何ですか一体……？」 白光物の正体は、大地に突き立った長い槍だった。 何の変哲もない、ただひたすら古そうな長槍。 「ただの長い槍（ロンギヌス）よ……」 月黄泉は目前の大地に突き立っていた長槍を右手（片手）で引き抜く。 「ろんぎぬす？ 何かどこかで聞いたことあるような……ないような……」 アンベルは古い記憶を思い出そうと、う〜んう〜んと唸った。 「救世主殺しの槍（メシアスレイヤー）……我が最上の武器コレクション十三暦月（じゅうさんれきげつ）の一つよ……」 「ああ、思い出しました！ 救世主教の聖書に出てくる胡散臭い槍ですね？」 救世主殺しという単語が、アンベルの記憶（データ）の検索にヒットする。 「胡散臭い……ですって？」 自慢のコレクションを否定され、月黄泉の顔が引きつった。 「ええ、十字架に磔にして処刑した救世主が死んでいるかどうか確かめるために脇腹をチクチクつついたっていうセコイ槍でしょう？」 「せこい……」 「その上、槍に垂れた救世主の血が兵士の盲目（老人の白内障）を治したとか嘘臭い奇跡のエピソードを後付けしたり、たかがエセ救世主を刺した程度の槍のくせに神殺しの槍とか大層な異名を騙り……」 「黙れっ！ それ以上我が聖槍（せいそう）を侮辱するのは許さぬっ！」 月黄泉は、普段の女言葉ではなく我口調でアンベルを怒鳴る。 「おやっ、まさか魔皇の奥方様ともあろう御方が、救世主教の信者さんだったりするんですか〜？」 アンベルの口元にとても意地悪な笑みが浮かんだ。 「ふざけるなっ！ 我はただ我がコレクションを侮辱するものが許せぬだけだああっ！」 大層な我口調は月黄泉の地というか御国言葉？であり、彼女の怒りの激しさを表している。 月黄泉が投擲の体勢をとると長槍（ロンギヌス）の全身が白く発光しだした。 「死ね、この牝狐ぇぇっ！」 投擲された長槍は光り輝く白光の槍と化し、アンベルへと襲いかかる。 その光槍はブリューナクや九蓮宝燈のように複数に分裂こそしないが、一撃の威力はそれらを遙かに凌駕するであろうことが輝きと激しさから伺えた。 「あははーっ、ちょっとヤバイですか？」 回避が間に合わないと判断したアンベルは、黒桜と白桜を十字に交差させて聖槍の一撃を待ち受ける。 「邪魔だ」 「ふぇっ！？」 光槍が交差した刀に接触する寸前、光り輝く白蛇が割り込んだ。 白蛇の正体はラスト・ベイバロンの左手であり、光槍を鷲掴みにすると、地面へと叩き落とす。 地面に叩きつけられた光槍は、壮絶な白い閃光の爆発を巻き起こした。 「こんなモノが『聖槍』だと？……悪い冗談だ……」 ラスト・ベイバロンは、目前に突き立っている長槍を侮蔑を込めて見下していた。 「だ……誰よ、貴方？ いきなり割り込んできて……」 月黄泉の目と声には微かに恐怖や焦りの色が見える。 聖槍の一撃をあっさりと弾いた相手の実力が計り知れないからだ。 月黄泉ことセレーネは基本的に臆病な女なのである。 「あはっ、わたししか目に入っていなかったんですね〜」 アンベルがラスト・ベイバロンの背後からひょっこりと顔をだした。 「貴様……我は別に貴様を庇ったわけではないぞ？」 ラスト・ベイバロンは、自分の背後に隠れているアンベルを呆れた目で見る。 「いえいえ、結果的に守ってくれればそれで結構ですよ」 「…………」 軽く嘆息すると、ラスト・ベイバロンはアンベルは無視することにして、長槍を左手で掴んだ。 「ちょっと、ひとの槍を……」 「ふん」 ラスト・ベイバロンは長槍を引き抜くと、片手で軽々と振り回した後、前方に突きつける。 「いらん、こんな紛い物」 「きゃあっ！？」 まるでナイフかクナイのような気軽さで長槍をシュッと月黄泉へ投げ返した。 「……あ、危ないじゃないの……」 月黄泉は喉を刺し貫かれる寸前で、両手で長槍を捕まえる。 「それに、私の聖槍ロンギヌスが紛い物っていうのは聞き捨てならないわよ！」 例え、ラスト・ベイバロンが得体が知れなくて怖くても、月黄泉にとってこれだけは譲れないことだった。 「聖槍の紛い物と言っただけだが？」 ラスト・ベイバロンはそれがどうしたといった表情を浮かべる。 「また言ったっ！？」 「紛い物を紛い物と呼んで何が悪い？ 紛い物が嫌なら……贋物？ 複製？ 劣化品？」 「どれも侮辱していることには変わりないじゃないのっ！」 「ふん、我はただ事実を言っているだけだ……」 「ぐううう…………」 月黄泉は口惜しげに唸った。 コレクションを侮辱されたことへの怒りと、得体の知れない相手への恐怖が、絶妙に拮抗し次の行動を封じる。 要するに、相手をぶち殺したいが、自分より強かったらどうしょう？……という心境だ。 「やれやれ、お二人の間には、誤解と言う名の壁がありますね」 対峙する二人の間に、一人の男が割り込んでくる。 「ふん、いつかの変わった土塊か？」 「コクマ……？」 割り込むように姿を現したのは、コクマ・ラツィエルだった。 「月黄泉さん、こちらの方は別にロンギヌスの贋物とは言っていないんですよ。あくまで『聖槍』の贋物と仰っているだけです」 「……えっ？」 月黄泉はコクマの発言の意味が解らず一瞬キョトンとする。 「ねえ、そうですよね？」 「ロンギヌスとはなんだ？ それは聖槍であろう？」 「……と言うことです」 ラスト・ベイバロンの返答を背に、コクマは月黄泉に『解りましたか？』といった表情を向けた。 「……どういうこと？ ちゃんと説明して、コクマ……」 「つまりですね。救世主を殺した聖槍（ロンギヌス）というのは、『名も無き聖槍』のパクリなんですよ」 「パ、パクリ……？」 「ええ、そうです。『王殺しの槍』とも呼ばれた聖槍を真似て作られたのが……あなたの知る方の聖槍……つまり救世主殺しの槍ロンギヌスです」 「…………」 「まあ、このロンギヌスという伝説（名前）も実は後付けで、ただの官給品の槍が……」 「蘊蓄（うんちく）はその位にしておけ」 まだまだ続きそうなコクマの講釈を止めたのは、いつの間にかコクマの後に立っていたシャリト・ハ・シェオルである。 「そうですか？ まだこれからが、救世主を刺したから特種な力を得た槍なのか、それとも、救世主を殺すための力（呪い）が元々込められていた特種な槍だったのか、という宗教学的な……」 「鶏が先か、卵が先かなどどうでもいい」 シャリト・ハ・シェオルはコクマの饒舌を問答無用で打ち切らせた。 「ふん、せんなきことに拘るのだな、土塊とは……」 「ええ、人間とはそういうものなのですよ、ラスト・ベイバロンさん」 コクマは好意的な笑みを浮かべて、彼女の少し前に命名されたばかりの名を呼ぶ。 「ほう……その名を知るということは……」 「ええ、あなたがこの島に御降臨されてからの全て見させていただきました」 「フッ、覗き魔め……我に興味があるのか？」 「はい、とても……」 欠片も悪びれることなく、コクマは慇懃に頭を下げた。 「フフフッ、良かろう……では、共に来るがいい。そこの魔性と人形……いや、魔性も一緒に来るか？」 いつの間にか、背後に居たはずのアンベルが姿を消している。 変わった土塊（コクマ）に興味が沸き注意がそちら寄りだったとはいえ、見事な気配の消し方と逃げ足の速さだった。 「別に逃げる必要もあるまいに……」 月黄泉と違って、アンベルは刃どころか殺気すらラスト・ベイバロンに向けていない。 逃げるなら、ラスト・ベイバロンの方から飛び込んできたとはいえ槍を彼女に投げつけてしまい、コレクションを侮辱されたことで敵意を放ってしまった月黄泉の方がまだ説得力あった。 「ええ、御招待をお受けしますわ……私も貴方に興味がありますもの……いろいろな意味でね……」 月黄泉の言葉遣いは、嫌味なのか、畏怖を抱いたからなのか、敬意を払うような丁寧なものになっている。 「さて、では後始末をするか……我は綺麗好きなのでな」 ラスト・ベイバロンは微笑すると、右手から緋炎の大蛇を屍の群へと放った。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |